性癖博覧会萌茶・作品用

18194

涙を流して - アナコンダ

2023/04/02 (Sun) 00:06:02

 はらはらと、少女が涙を流している。飴色の瞳からころころと転がり落ちる涙は、きれいな透明な色をしていた。
「……」
「泣くくらいなら変えたらどうです?」
 ぽん、と手元のグラブにボールを投げながらそう呟けば、彼女はバッ! と顔を上げ大声で叫んだ。
「やだああああああああああああああああああああ!!!! 絶対ピッチャーはロビンがいいのぉおおおおおおおおお!!」
「あーあーうるせぇ! そんなことで大声で泣かんでもいいでしょうが!」
「分かってる……アーチャーのギルガメッシュとかえぐいピッチャーのスキル持ってるってわかってる……でも、でもわたしはロビンがいいのぉ……」
 本当に、あの綺麗な涙と百八十度反対の、しょうもない理由だった。オレはため息を吐く。そもそもサーヴァントが野球ってのもわけがわかんねーってのに、その上更にマスターの我儘で負けかけているとか、ほんっと最悪ですわ。
「勝つ根拠は?」
「……ロビンがこの後最高のストライク決めて三者凡退」
「へーへー」
 確かに、この回を押さえれば勝利は見えてくるのだ。こちらの打者はデイビット。いやつーかあいつ、なんなんすか? 反則っしょ。そう言えば彼女は「だよね!」と満面の笑みで笑っていた。兵器をしれっとチームに入れないで欲しい。
「うーんうーんでも、絶対、できるはずなんだよ」
「オタク、オレのこと信頼しすぎ」
「だって、いつも、そうだったもん」
 ぐじり、と涙を袖で雑に拭き、少女はそう呟く。その声はさっきまでのべそべそ声と違う。決意と確信が込められていた。

「わたしがね、負けそうで泣きそうなとき、いつもあなたが助けてくれるの」

 まるで、暗闇の中で灯りを見つけた子どものようだった。ぱぁ、と顔が明るくなり、そして笑う。目の端はまだ赤く、鼻だっててかてかに光ってるくせにさ。さっきまで泣いていたのに笑うなんざ、本当にまだまだガキだ。

 ――でもオレは、このガキに滅法弱いのだ。そりゃあ、本当に、どんな無茶でも聞けちまうくらいにはさ。

「そんで、今回もオレがやってくれるって?」
「うん!」
「ほんっと、オタクってばオレのこと好きすぎ」
「え、そうだけど」
「え」
 茶化したはずの言葉に、彼女はひどく普通の声で返してきた。目を丸くするのはオレの方だ。ぴかぴかの金の瞳にはさっきの涙が引っかかっている。でももう、泣いてはいなかった。
「だからよろしく! ロビン」
 にか、と笑って彼女はベンチに戻っていく。あとにはマウンドに残されたピッチャーだけ。キャッチャーのデイビットを見ると、マスクの下の顔は普通の真顔だった。いやなんか反応しろよ。せめてサインを出せ。フェイントをかけるついでに一塁の斎藤の旦那を見やれば、肩を竦めてやれやれと笑っていた。いやテメェもこっち任せかよ。今度酒の席に覚えてやがれ。じゃあ三塁のマンドリカルド、とちらりと目をやれば、あたふたとしたあとなぜか「グッ!」と親指を立てられた。へいへい、オタクに期待したオレがアレでした。
 ――結局、あの人のこととなると、最後に残るのは自分の気持ちだけなのだ。だからボールを握る。こんなばかばかしい特異点でもいつも真面目にまっすぐなあの人を思いながら足を振り上げ手に力を込める。

 ……パァンッ!

 カーブとフォークでツーストライク。そして最後に少し、息を吸う。ベンチにいる彼女に目を向ける。あんなに信じている、と言ったくせにその目はまた潤んでいた。それでもオレから目を離す気はなくて、ああこの人だから好きなんだ、と思いながら帽子を捻る。

 最後は――オレらしくない、とびきりのストレート。
 このボールト同じくらいまっすぐ、どうか、どうか彼女に届きますように。



名前
件名
メッセージ
画像
メールアドレス
URL
文字色
編集/削除キー (半角英数字のみで4~8文字)
プレビューする (投稿前に、内容をプレビューして確認できます)

Copyright © 1999- FC2, inc All Rights Reserved.