性癖博覧会萌茶・作品用

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「赤の他人」 - 真坂

2023/02/26 (Sun) 00:42:47

 人理の消失。
 なるほど、それは未曾有の一大事である。
 しかしあまりに規模の大きな一大事であるが故に、実感が湧かない――英霊として召喚された身なれど、小市民を自称するロビンフッドにとって、それが正直な心境であった。
 そもそも、自分はその人々の間で語り継がれる義賊の「ロビンフッド」であった自覚も薄いし、仮にそうだとしても、片田舎の領主に抗った程度の人間では、世界の危機なんてものには力不足もほどがあろうに。
 そんな不満というか、思うところがあれど、召喚されてしまったものは仕方がない。このカルデアという人類最後の砦にロビンフッドとして召喚されて青年は、そう自身の心に落とし前をつけて、課せられた役目は果たしているつもりだった。
「……なんだかねぇ……」
 しかし、環境がよくなければ不満は湧く。否、不満を覚えているような環境ではないとわかっているのだ。突然世界は焼き尽くされ、奇跡的に生き残った環境下で残された人類が力を尽くしていることは、十分に理解している。
 しかし、遣り辛いと感じる個人の感覚を誤魔化すのにも、限界があった。それが今の自分の現界の根本となる、マスターに対してのものであれば、尚更だ。
 空調システムが復帰していないため、とりあえず他に影響の少ない一番端っこの位置に設定された喫煙スペースで手製の煙草を吹かしながら、ロビンフッドは思案する。
 思い浮かべるのは当然、自分と現世との楔となる少女である。世界を救う役目を課せられた少女は、その崇高なる使命を果たすべく、周囲の大人に導かれて日々精進しているのはわかるのだが……どうにも彼女を見ていると、ロビンフッドにとってはしっくりこない感覚が付き纏ってくるのだ。
 まぁ、そもそも英雄なんて大層な存在とは縁も所縁もない身の上だ。相性がいいはずもないのだから、しっくりこなくても当然だとは思うのだが。
「……でも、普通の娘さんに見えるんだよな」
 そう、自分や他の英霊のアドバイスを素直に聞き入れて、拙いながらもマスターとして立派に役目をこなす反面、このカルデアで垣間見る姿は、生前目にした記憶のある村娘と大差ないもの。
 それはロビンフッドにとって守るべきもので、悪く感じるわけがないものなのだ。だというのに、何故こんなにも彼女を背にして戦うことに、居心地の悪さを感じるのか。
 今日も答えのでない問いを胸の内でこねくり回しながら、煙草が一本燃え尽きるだけかと思っていたのだが。
「あ?」
 チラリと視界の端を掠めたのは、夕陽色。そう気付いた瞬間、ロビンフッドはだらりと壁に背を預けていた身体をすっくと直立させた。
 あの色を持つのは、今のところマスターたる少女しかロビンフッドの記憶にはなかった。だがここは、カルデアの復旧している範囲の端の端、辛うじて照明が復旧している程度の場所で、だからこそ現状ではぶっちゃけ不要とも言える、喫煙スペースに設定されているのだ。
 つまりあの少女が、こんな場所に来る必要性は一切なく。
 ロビンフッドは少しの逡巡の後、下ろしていたフードを被って宝具を発動した。そうして物音一つ立てず、少女が向かったと思われる方向へと足を進める。
 ロビンフッドにとって、このカルデアは野営地に等しい。一応安全地帯ではあるが現状ではそこにいる全ての存在が、自分にとって安全であるとは言えない。
 それはマスターという存在も例外ではなく、だからこそこのイレギュラーな状況は、現状打破の足掛かりなるかもしれないと判断したのだ。
 故に自身の宝具の効果で気付かれるわけがないとわかっていながらも、息を殺して少女の後を追い、吹き荒ぶ吹雪が見えるだけの窓ガラスに、コツリと額を付けた彼女の、
「……あ~~~!!もうやだ~~~!!知らない大人に命令するの怖い~~~!!!!」
 あまりにも切実な絶叫を聞いて、ロビンフッドは思わず「は???」と転がり落ちそうになった呟きを慌てて掌で押し留めた。
 それが功を奏したのか、少女はロビンフッドの存在に気付かぬまま、普段押し殺していたのであろう胸を内をぶちまける。
「英霊とか、偉人とか、そんなん知るか~~~!!いや知ってるけど!!授業や本で存在は知ってるけど!!でも実際見たことも会ったこともない人!!他人!!なのに私が召喚?したからって、マスターって!主って!何!?会って間もない人にそんなん言われるの怖いんですけど~~!?!?」
 頭を抱えてキャンキャンと叫ぶ姿を見て、目を白黒とさせていたロビンフッドだったが、その内容を聞いて浮かんだのは、同情一択だった。
 だって自覚はないとはいえ、一応世界に英霊足ると認められたロビンフッドでも、初対面の、しかも見るからに立派そうな人物に傅かれたりしたら、まぁビビる。色んな意味で。そんな状況がまだ二十年も生きていないだろう少女に降りかかれば、混乱するのもさもありなん。それを表に出さずにいるだけ、立派過ぎるほど立派だ。
 つまり、恐らくロビンフッドがマスターに感じていた諸々は、彼女の必死の虚勢に対する違和感だったのだろう。
 胸の内にわだかまっていたものが思いがけず氷解し、安堵を覚えると同時に、新たに生まれた課題にさてどうしたものかとロビンフッドは思案する。
 このただただ必死に頑張るばかりの、普通の少女の一番の助けになるのには、どう行動するのが最適解なのかと。

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