性癖博覧会萌茶・作品用

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赤の他人 - アナコンダ

2023/02/26 (Sun) 00:07:28

 さて、ここに落ち込んでいるマスターが一人。

「マァスター?」

 ひょい、とわざとらしく声をかけ顔をのぞかせれば、彼女はわかりやすく「わぁ!」と声をあげて飛び上がった。どうやらこんな場所――誰も来ないような廊下の隅っこ――で項垂れているのを、誰も気づいていないと思ったらしい。

「ロロロッロロロビンッ!?」
「そうですよー、アンタのロビンフッドですぜー」

 よいしょ、と彼女の隣に座り込む。もちろん床は固く冷たかった。あぁ彼女はこんなところでしばらく座り込んでいたのか、と思えば辟易とする。

「落ち込むなら、部屋ですりゃあいいんじゃないっすかね」

 そう言えば、彼女はうぐ、と言葉を詰まらせる。そしてつまらない言い訳をした。だって、部屋はいつ誰が来るかわからない。今はバレンタイン期間中だし特に、と。

「へいへい。そんで、落ち込んでる原因はその手に持ったバレンタインチョコで?」
「!」

 どうして、とその顔は言っていたが、逆にわからないとお思いで? わかりやすく個包装されラッピングされたそれは、明らかに他のものとは違っていた。残念ながらオレがもらったものとも違う。ただ一人――このカルデアの中でただ一人に宛てられた、とっときのチョコ。
 それを握りしめ、それでも彼女は苦しそうに眉を顰める。だって、とそしてまた言い訳をする。その様子はいつも毅然としたマスターとは違い、ただの一人の乙女そのものだった。

「……多分、こういうのは彼、喜ばない」
「さいですか」
「男だの女だのって話もしてたし、普通にチョコ渡すだけじゃなくて、逸脱してる奴もいるってバレンタイン自体に疲れてたし」
「オタクはそれを、逸脱だと思ってんです?」

 そう聞けば、彼女は素直にこくりと頷く。
 たった一つのハート型。たった一つの特別な味。
 それに込められた意味を――渡す前に、相手に拒否されたと思い込んでそうしてわかりやすく落ち込んでいる。

 オレはしばらく天井でも見つめてみる。そして考える。
 あぁ本当に、男って奴はどうしようもねぇな、なんて思ったりする。

「じゃ、オレに下さいよ」
「へ?」

 そして、彼女はぽかりと口を開け――ようやくこちらを見てくれる。
 驚き見開かれた琥珀色。可愛らしく開け離れた口。それを見て思わず口角が緩んでしまう。ああほんと、可愛らしいお人だこと。

「赤の他人にやりゃあ、そいつはただの義理チョコでしょ。まあちぃとNPチャージやらの効果があるかもしれませんが――ただの、イベントのチョコですよ」
「え、あ、で、でも、その、あの、」
「意味のある人にあげるから、意味を持つんです」

 オレは嘯く。嘯いて笑ってやる。とびきりの笑顔。何も気取らせない笑顔。
 たとえ実際の腹の中は煮えくり返っていて、本当にあげるはずだった相手のことをブチ殺したいと思っていても――彼女には決してわからないように。

「オレにくれりゃあただのイベントチョコですって。ほい頂きっと」
「ひゃあ!」

 彼女の手元からチョコを受け取り、そしてびりびりと封を開け容赦なく口に放り込む。ん、ブルーベリー味。美味い。憎らしいほど美味かった。

「なななななななにするのー!!!」
「美味いですよ。ごっそさん」
「……それじゃあまるで、ロビンに変な意味付けちゃったみたいじゃん」
「さっきも言ったっしょ。赤の他人にあげたって、何の意味も持ちませんよ」

 自分で言っていてダメージを受けるが、それでもおどけて言えば彼女はぱちぱちと瞬きを繰り返した。綺麗な色。ああ、この瞳に見つめられて、どうして平気でいられるんだとあいつの胸倉を掴んでやりてぇっすわ。

「赤の他人じゃないよ。あなたは大事なわたしの仲間だよ」

 そしてまた、とっときのダメージを彼女は食らわせてくる。へいへいそーですねと呟きながら、オレはまたブルーベリー味のチョコを飲み込む。
 それはやっぱり甘ったるく重たく、それでもそんなものを奪ってやったことに少しの幸福を感じている自分に、あぁ全く! バレンタインってのはやっかいですわ!

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