性癖博覧会萌茶・作品用

18191

押し倒される - アナコンダ

2023/01/22 (Sun) 00:06:09

「ひゃわ!?」
「うおっと!」

 レイシフトした瞬間、体が落ちる感覚。でもずうっと続くような浮遊感じゃなくて、一瞬で終わってしかも……なんかふかふかのところ?

「へ? ベッド?」

 顔を上げれば、ぎしり、と下が軋む。随分と大きなベッドみたいだ。わたしと斎藤さんの二人が乗っても十分な――え。

「ひ、ひゃあああああああ!!」
「あれあれ」

 へら、と笑う斎藤さんの顔がすぐ真下にあって、斎藤さんは仰向けになってわたしはそんな彼の顔を見下ろしていて、つまり、ええと、ひぇーーー!! わたし、斎藤さんの体の上に乗ってる!!

「ご、ご、ごめんなひゃいっ!」
「押し倒すなんて大胆ねぇマスターちゃん」
「ぴーー!!」

 笛の音のような悲鳴が出た。だってこんな至近距離でこんな顔のいい斎藤さんああというか密着度合い凄い! わたしの体がぜぇんぶ乗っても全然平気そうな斎藤さんの大きな体。こうしてくっついていると分かってしまう。たくましい男の人の硬さとか、薄い布越しのぱつぱつの筋肉とか、とくんとくん、とそんな体が脈打っているのとか、全部、わかってしまう……って、ま、待ってわたし!!

「おおおおおおおおお重いね!? ほんとごめんなさいっ!!」
「なんかマスターちゃん、いつもと全然違うね?」
「へあ?」
「いつもはあんまり慌てたり、しないからさ」
「そ、それ、は」

 それはそうだ。だって斎藤さんは、つい先日カルデアに召喚されたばかり。これからもっとたくさん彼のことを知るだろうけれど、まだ知らないことの方が多い。
 そんな人に見せるべき顔は決まってる。『マスター』としてのわたしだ。人理は焼却、頼れるマスターはわたし一人。そんなギリギリの状況でも、人類最後のマスターであるわたしは諦めず、前を向き進み続ける。
 それが、あなたたちに見せる顔だ。

「ま、マスター、です、から」
「ふぅん?」
「ひう!?」

 あれ!?!? なんで!? わたし、斎藤さんの体から降りようとしたのに!? 動こうとした体は動かず、逆にがっちりと彼の左腕で腰を固定されてしまっていた。下から抱きしめられるような格好にまたぷしゅりと頭から湯気が出る。

「いんやぁ、こんな女の子一人に世界を背負わせて、そんでその子も自分を殺して必死にマスターとして振舞っている……って内心毒づいてたんだが、案外やわこいところもあって、はじめちゃん安心したわ」

 にぱ、と笑う。笑うけれどその笑顔は、まったく見たことのない、初めての笑顔だった。へらりへらりと笑っているくせに目の奥はわたしを見据え、どこか揶揄うような楽しがっているような色が浮かんでいた。
 そして相変わらず離してくれない。ぎゅうとわたしを掴んだまま、わたしは彼を押し倒したまま、顔と顔が触れ合いそうな近さで話がどんどん進んでいく。わたしはもう、ずっと熱が上がりっぱなしだし、ぷしゅぷしゅ言ってるし、くっついている斎藤さんの体は硬いのにここちよくてあったかくてそれになんだかいい匂いがしてだめ、頭ぐらぐらしてきた。

「わ、わたし、普通、の女の子です、よう。ずっといる人は、そんなわたしのことも、知ってる、し」
「ふぅん? そういや仲良さそうなサーヴァントが何人かいたっけな」
「う、ん。ロビンとか、話聞いてくれて、頼れるお兄さん、って感じで――」
「……」

 あれ、表情が変わった。笑ってるけどなんだかうっすら半分くらい影が差す。怖い怖い怖い。ちょっと(斎藤さんに)引いてると、斎藤さんは片手だけじゃなくて、両手で私の腰を抱きしめてきた。強くて太い腕。スーツ越しでも分かってしまう。彼の胸元に頭が沈み込みわたしの体はかるがる抱え込まれ、そしてそのままぐるんと視界が一周した。

「へ」
「ちなみにそのお兄さんって、ベッドに沈み込むマスターちゃんも見ちゃったりしてんの?」

 ね、教えて。まるで保護者のようなことを、全然保護者じゃない顔で聞いてくる。わたしはぱちぱちと瞬きをする。背中にはふかふかのベッド。白い知らない天井。そして、青い前髪の隙間から、うっすらと目を細めて微笑む斎藤さん。

「ひ、あ」

 押し倒されてる。さっきと逆だ。わたしを押し倒して、顔の横に手をついて斎藤さんは微笑む。

 ――とんでもない破壊力だった。ばちばち、と目の前が眩むくらい。

 だってこの人、すごく、すごく、すごく、顔が良い。
 本人は冗談めかしていたけれど、涼やかな整った顔立ち。通った鼻筋、しゅっとした顔の輪郭に尖った顎。唇さえも形よく、でも色素が薄くて男の人なのだと分かってしまう。切れ長の瞳は透明がかった茶色だった。まっすぐに見つめてくるうつくしい色。そして、笑えばそんな目の下の隈がくしゃりと歪む。それがまたギャップ萌えというかかわいらしいというか、ようするに、色んな方面から顔面で殴られている。

 すごい、かっこ、いい。息、できない。
 
「――いい子だから教えてよマスターちゃん」
「!?」

 声もいい! そんな低音で耳元で囁かないでほしい! 今絶対立ち上がれないくらいふにゃふにゃだ。真っ赤な顔を彼から必死で背けながら――駄目だった、むりやり顎掴まれて見つめ合わされたぎゃあ顔が良い!――叫ぶ。

「こ、こここここここ、こんなことするの、さ、斎藤さんだけですよ!?!?」
「あ、僕だけなの。そうぉ」

 そしてまたそれはそれは嬉しそうに嬉しそうに笑う。にんまりと吊り上がる口。そしてくわりと開く瞳孔。この人の本気の笑顔、怖すぎ。

 そう、本能的に分かってしまった。これがこの人の「ほんとうの」笑顔なのだ。
 わたしは斎藤一を知る。マスターとしてじゃなく、「人」としての斎藤一を。

「そんじゃ、これからよろしくね、立香ちゃん?」

 へら、と笑って。
 彼は手袋を付けた腕でするりとわたしの腰を撫でる。また変な声が出るし斎藤さんの顔は近いしなんだかものすごく楽しそうだし、なにもわからないまま、「ぴええええん」と泣くしかなくなってしまった。

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