性癖博覧会萌茶・作品用

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「赤の他人」 - 真坂

2022/10/16 (Sun) 00:25:24

「あっ」
「ん?」
 昼下がりのとあるファーストフード店。
 用事が長引いてしまい、ようやくお昼ご飯にありつけるとぐったりしながら些か雑な動きになっていたのが悪かった。
 まだそこそこ込んでいる店内の、どうにか空いているカウンター席に腰を下ろし、肩に掛けていた鞄を下ろそうとしたら、想定より大きく動いたそれが、隣のお兄さんのトレイに乗った飲み物のカップに当たってしまったのだ。
 文字通りあっと言う間にカップはガショッと音を立てて倒れ、蓋は外れて中身がトレイの上に広がった。
「ああー!」
「あらら」
「すっ、すみません!弁償しますので……!」
「いえいえ、大丈夫っすよ。中身はもうほぼ飲んじまって、氷が溶けたのしか入ってませんでしたし」
 やってしまったと血の気が引き、大慌てでそう言いながら戦犯(冤罪)である鞄から財布を取り出したが、お兄さんは何でもないようにそう言って、サッと手際よくトレイの上を片付けてしまう。おかげでちょっとパニックになっていたのも相俟って、お兄さんの言ってることが本当のことなのか、こちらを気遣っての遠慮なのかの判断がつかない。
 なので、どうしようと思ってとりあえずお兄さんの顔を見上げてみたら、「ひぇ」と声が出るかと思った。
 長い前髪で右目は見えないけど、見えてる左目はすっごい綺麗な緑色が印象的な、すっごいイケメンのお兄さんだった。
「……どうかしました?」
「ふぐっ、いえ、なんでもないです!それよりその……申し訳ないので、やっぱりお金を……」
「いや、そうなるとこっちのが申し訳ねぇんですが」
 気遣いのできるイケメンオーラを直に浴びてしまってつい呆けそうになったところを、怪訝そうなお兄さんの小首を傾げる姿で追加ダメージが入り、でもそのおかげで我に返る。
 判断ができないなら悪い方を想定して対応したいと思って財布を開けば、お兄さんは眉をへにょりと下げて苦笑を浮かべた。
 いや困った顔も格好いいな。眼福になってくれてお礼も含めて遠慮なく受け取ってほしい。ファーストフードの飲み物なんて高くても五百円程度なんだし。
 そう思って硬貨を取り出すも、お兄さんは受け取ってくれる様子はない。どうしたものかと考えを巡らせていると、同じように思ってたらしいお兄さんが、ふと目を瞬かせる。
「あ、じゃあ、お姉さん」
「はい?」
「それ、一個くれませんかね」
「え?……あ、この、ナゲットですか?」
 そう言ってお兄さんが指差したのは私が持ってきたトレイの上。期間限定商品のチキンナゲットだ。
「どうぞどうぞ!一個と言わずこれごともらってください!」
「いやいや、そしたら飲み物代より高くなっちまうっての。味見してみたかっただけなんで一個でいいですし、それでチャラにしましょうや」
「…………わかりました」
 五個入りのそれを丸ごと渡そうとしたらそう拒否されて、これ以上はさすがに困るどころか迷惑なってしまいそうだなと思い、渋々頷いて蓋を開けて差し出す。
 お兄さんはホッとしたような顔で「どうも」と言うと、その長い指でナゲットを一つ摘まんで口に運ぶ。その一連の流れを見て、イケメンは指先から口元まで格好いいんだなと学ぶばかりである。
「んー……思ったより柚子の香りはしねぇか?」
「えっ、本当ですか?」
 ひょいと一口で食べてしまったお兄さんの感想を聞いて、釣られるように自分も一つ摘まんで齧ってみる。確かに柚子胡椒味と銘打たれている割には、なんとなく……柚子の風味がある……?くらいの香りしか口に広がらなくて、ちょっとがっかりした。
「本当だ……」
「ま、ファーストフードですしね」
「ですよね……」
 がっかりが顔に出てしまったのか、お兄さんにフォローさせてしまった。申し訳ないと思いつつ齧りかけの残りも口に入れ、それも咀嚼し飲み込んでから、改めてお兄さんへと頭を下げる。
「なんか色々すみませんでした……」
「いえいえ、オレは得しかしてませんし」
「そう言っていただけると助かります……」
「んー……じゃあ得したついでに」
 お兄さんはそう言ってポケットを探ると、取り出したスマホをひょいとこちらに差し出して、
「連絡先、交換しません?」
「え?」
「オレ、美味い唐揚げ出す店知ってますよ?しっかり香りの利いた柚子胡椒味のやつもあるとこ」
「え?」
 にっこり笑った顔は、やっぱり文句なしにイケメンだった。
 この場合って、こっちがナンパしたことになるのだろうか?

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